ブラック企業 退職 稼ぐ アフィリエイト

プロフィール

画像


櫻井 海都

(時遊人)

【1日10分、ゼロから1億、ブラック企業に勤める社畜社員でも出来る!時遊人 櫻井海都による業界のプロが教える!インターネットビジネススクール】

学長(BOSS)


「送られてくるメールの手順通りにススめるだけ」でステップバイステップで稼ぐことが出来ます。

 ↓ ↓ ↓ 

櫻井海都のメルマガ登録はこちら


個人が手がけるインターネットビジネスの創世記からネットビジネス業界に携わるインターネットビジネスを知り尽くしたプロ。表舞台に出ることはほどんどなく密かに稼ぎ続けている姿から、ネット界では「The Secret(ザ・シークレット)」と呼ばれている。以前は大手IT企業から転職しブラック企業に勤めていた経歴をもつサラリーマンでもある。サラリーマンとしての仮面を被りながらもアウトサイダーとして密かにお金を稼ぎ続けていたことでも知られる。常日頃からウェイクボード、サーフィン、ジェットスキー、ルアーフィッシングなどを堪能するなど大の遊び好きで、現在は好きな時に自由に遊べる遊び仲間を増やす為インターネットを利用して稼ぐ組織「アウターインク」を発足。インターネットを使ったありとあらゆる金儲けの方法を教えている。

 ↓ ↓ ↓ 

【無料】スクール詳細&仲間募集はこちら

あなたが稼ぐまでの道のり


(1)メールアドレスを入力し、メルマガに登録。(名前の登録は必要ありません。ですので匿名で受講することが出来ます)


(2)メルマガで送られてくる課題に対してステップバイステップで取り組む。(わからなければ、ご質問ください)


(3)指示に従い教わることで、徐々に稼げるようになる。


(4)ビジネスへの依存度を減らし会社外で安定した収入を得る。(このステージでは、事業と自分の責任を縮小して頂く段階に入ります。このステージまで達すると、不思議なことに仕事をやらなければやらないほどお金が入ってくるようになります)

 ↓ ↓ ↓ 

【無料】スクール詳細&仲間募集はこちら


さらに特典として・・・

ネットビジネスで「0▶︎1」になるために・・・。メルマガ読者になってくれたあなたには、仕組みを作ることでほぼ放置で稼ぐことの出来るノウハウをプレゼント!詳細はこちらをクリック

最近の投稿

アーカイブ

カテゴリー

はじめて訪問してくれた方へ

以前は・・・


 ↓ ↓ ↓ 


今は・・・


あなたもぼくらのように「時遊人」となることで自由を謳歌しませんか?


まるで遊び感覚で定期的に送られてくるぼくからの指示に従い「ミッション(送られてくるメールの手順通りに取り組むだけ)」を遂行するだけで、めきめきと力をつけインターネットで稼ぐことが出来るようになります。なお、現在キャンペーン中のため受講に際しご料金は頂戴しておりません。(通常料金は、月額9,800円を頂いております)

安心のサポート体制もついているため、数多くの成功者を輩出し続けています。

 ↓ ↓ ↓ 

詳細はこちらから

カテゴリ一覧

リンク集

サイト内検索


【ブラック企業体験談】営業の売上数字よりも、何人イベントに集客できたかが評価されるブラック企業

2015年01月20日

私が転職したブラック企業では営業の数字は、それほど意味を持たなかった。そのかわり月一回、ないし二回行われる対外的社内のイベントに何人集客できたかが評価の対象となっていた。

 

とはいえ、営業の数字が悪いと叱責される部分はあったが、社内イベントの集客ほど重要な意味をもっていなかった。それよりも何よりもイベント集客の方が大事でその集客人数が圧倒的な評価対象となっていた。

 

いったいどんなイベントが行われていたのかというと、簡単に言えば販売会だ。クライアントを会場に呼び、そこにメーカー各社がブースを用意しており、直接会場で販売する。

 

メーカーが直接商品の提案をする事によって、クライアントにとってもまたとない機会となり、突っ込んだ疑問を投げかける事も出来る。確かにこのイベントがうまくまわれば非常に面白い販売会になると思う。

 

だが、私は今でもこのシステムに疑問をもっている。確かに社内のイベントにクライアントを呼ぶ事によって数字に繋がるし、販売会でもあるのでメーカーにとっても非常に重要な商談の場ではある。

 

だから開催する事は悪いとは言わないが、いかんせん、その社内イベントの日は営業はイベント会場にいなくてはならなく、つきっきりになる。

 

だから緊急事態でも発生しない限り、会場を出る事が出来なかったし、直接自分たちの数字に繋がるような動きをとることができなかった。

 

さらにその規模だ。実は販売会には100人程度しかこない。それなのに、朝早くからイベント会場の用意からはじまり1日中営業部員が全員で対応する。100人程度の規模でそこまでつきっきりになる必要は正直ない。

 

だから、ただぼうっとつったっているだけの社員も出てくる。販売フォローの対応とってもそんなに人数は必要ないのだ。さらにイベント会場から外に出る事が出来ないだけで多方面から電話がかかって来る事には違いない。

 

だから、自ずと仕事がたまっていき、販売会イベント当日になるとそれらが積み重なり仕事を圧迫する。多くの場合、それらは次の日に持ち越しということになるのだが、単純に販売会の次の日は仕事量が2倍になる。

 

それが月に二回行われるともう最悪で、ただでさえ忙しいにもかかわらず、2倍にも3倍にも膨れ上がっていき、さらに大きなクレームが入った日なんてもう仕事を投げ出したくなるほどの思いだった。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)は、面倒くさい事を率先して引き受け、それを部下におしつけていた。

【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業では恐ろしい事に過酷な労働環境に耐えきれず全社員が退職した時期があった。

2015年01月19日

私が転職したブラック企業では創業70年以上経っているにも関わらず中堅社員がおらず脂ののった40代、50代の社員が皆無だった。

一般的にブラック企業と呼ばれる会社の特徴として若年層が非常に多いということがあげられているが、私が転職したブラック企業もそれしかり、若年率がとても高い企業だった。

 

こと配送部に関してはほとんどが20代の社員。30代の社員は営業三部が解体し、後に物流にうつった松堀くらいしかいないのではないかと思う。

 

企業年数が70年もあれば、40代50代の社員が多いのが一般的であると思うのだが、私が転職したブラック企業では40代50代の社員はほぼいなかった。

 

先にあげた「ぺっぺ」、それに創業者一族の息子、クラッシャー上司パワハラおじさん、白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)、それに話には出てきていないが、キャバクラ大好きおじさん、社長と副社長シゲキをのぞいて私が転職したブラック企業には40代以上がいなかった。

 

これはどういうことなのだろうと誰もが思う。それはある事件が関与していた。

 

どうやら、一時期、恐ろしい事にブラック企業のあまりにも過酷な労働環境に嫌気がさし、全社員が一斉に辞めてしまった時期があるという。つまり全社員層替えの時があった。

 

その当時の話を語れる社員はおらず、私が副社長シゲキにきいた話になってしまうが、当時は社長と副社長シゲキがちょうど会社を継いだ時期と重なり、会社をよくしていこうと必死に頑張っていた時だったという。

 

だから、仕事をさぼっている社員や仕事ができない社員に対して激しく叱責し、怒鳴り散らし、暴力を振るい「お前なんか、辞めちまえ!」という言葉が連日社内で飛び交っている時期があったのだという。

 

シゲキはシゲキで、いくら頑張って仕事をしたところで利益もあがらない。一体何の為に仕事をしているんだ・・・という思いが重なり非常にストレスがたまっていたようだ。そのせいでシゲキも自ずと社員に対して厳しくなる。

 

「おまえらちゃんと仕事してんのか!」「なにさぼってるんだよ!」

 

そんな時に、激しく社員に対し当たり散らすものだから、社員の中でも徐々に会社への不満がたまっていった。そして社員は会社に対して報復の為にある計画を企てる。それは全社員が出社しないことだった。要するにストライキ。そう、溜まりにたまった社員の不満は、時を得てストライキという事件に発展した。

 

そして間もなくして、全社員がやめていった。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】営業の売上数字よりも、何人イベントに集客できたかが評価されるブラック企業 

【ブラック企業体験談】報告をする事で部下に責任を押し付ける「ぺっぺ」の存在

2015年01月16日

私が転職したブラック企業の社畜社員「ぺっぺ」は指示出しが非常に曖昧だった。いや、曖昧ばかりではなく、何を言っているのかまったくわからず、聞き返しても嫌な顔をするばかりで、答えず、「さっきいったでしょ?」が口癖で、それ以上何も教えてはくれなかった。

 

会社で開く営業が担当するクライアントを呼んでのイベントの際、会場の準備をする事になるのだが、「ぺっぺ」は文字通りぺっぺと指示を出し、それが何を意味しているのかもわからず、去っていく。

 

しばらくすると「ぺっぺ」が戻ってきて、「あれ、やった?」と訊かれ、「あれってなんですか?」と訊くと「さっきいたでしょ?」と露骨に嫌な顔をされ、一気に険悪なムードになる・・・というのが通例だった。

 

また辛うじて聞きとることが出来て、例えばそれが「○○をここにもってきて」という類いの指示だったとして、「それはどこにあるのかわからないので、教えてほしい」というと、「わからない」と答える。

 

要するに「ぺっぺ」は自分がやりたくない仕事や、自分がわからない仕事を部下にそのまま投げ、責任を押し付けようとしていた。以前も書いた通り、私が転職したブラック企業では、誰かに報告すれば、それが報告を受けたものの責任に転化する。

 

つまりここでは頼まれた人に最終的に責任が転嫁される。それは部下でも上司でも社歴など全く関係ない。最後にきいたものが責任を取る形になる。

 

だから転職者などの新入社員は非常に酷で、最終的に新入社員にしわ寄せが来る。そして「ぺっぺ」はそれを先陣をきって行っていた。自分が責任を持ちたくない案件については、即座に下のものに報告し責任をなすり付ける。何か問題が起きた時など、こういう場合普通は上の上司に相談や連絡、報告をするのが一般的なのだが、私が転職したブラック企業では、特に「ぺっぺ」に限っては、下のものになすり付ける傾向があった。上司はその立場を利用して下のものに責任をなすり付けるという、意味不明な出来事がたびたびおこっていた。

 

もしかしたら「ぺっぺ」は、わざと相手がわからないようにごにょごにょと指示を出し、事が起きた時の対策をとっていたのかも知れないとさえ疑ってしまう。ごにょごにょと言っておけば、それが相手に何を意味しているのか伝わなければ、何か「ぺっぺ」の周りで問題が起きたとしても責任をなすりつけることができる。

 

そう疑わずにはいられない。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業では恐ろしい事に過酷な労働環境に耐えきれず全社員が退職した時期があった。

【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業随一の指示出し曖昧、不明確な長老社畜社員「ぺっぺ」

2015年01月15日

私が転職したブラック企業では、意味不明な何を考えているのかわからない社員がたくさんいた。部下についた途端、今までの温厚な態度はどこへやら、態度をころっとかえ上にはいい顔をし、下には怒鳴り散らすような上司はもちろん、一体何を指示しているのかわからないペッペッとつばを飛ばすだけの先輩社員もいた。

 

ペッペッとつばを飛ばす社員は年齢が40歳。私が転職したブラック企業の中では長老の部に入る。なぜなら創業数十年経っているのにも関わらず、ほとんどが20代、30代で構成されており、一番あぶらの乗った仕事盛りである40代や50代は全く存在していなかった。この理由は後の章で述べる事とするが私が入社する前の事件が関係しているようだった。

 

そんなぺっぺとつばを飛ばす長老社員はもともと関連業種で働いていた。詳しくはわからないがそれがどういうわけか、私が転職したブラック企業に流れ着いた。

 

ぺっぺとつばを飛ばす長老社員「ぺっぺ」は部下はもちろん、他部署からも相当に嫌われており、一体何を指示しているのかわからない上に、ひとつひとつの案件についてとても細かく、すべてのことにおいて必ず報告を義務づけていた。

 

例えば、配送担当者がクライアントに対し、きちんと届ける事が出来たのか、一件一件チェックの電話を入れていた。配送担当者にとってはこれは非常に酷であり、なぜなら、一日何十件も担当しており、一件にかかる時間も早くて15分はかかる作業だったからだ。

荷物を降ろしてから次の場所に向かう事になるのだが、その合間にも営業や会社からの電話もかかってくる。それに対応しつつ、長老「ぺっぺ」の電話連絡も必ず入れなければならない。

 

電話を入れなかったらどうなるのかというと、電話越しに激しく叱責されるという。「なんでですか?なんで連絡入れないんですか」が口癖のようで、配送担当者に話をきくと、指示が細かすぎて、言っている意味もわからないし、早く辞めてほしいと言っていた。

それは大方「ぺっぺ」と仕事上関わる、どの担当者もそうだったようで「確かに電話に出てくれるのは助かるが「ぺっぺ」のクライアントを持つのは面倒だ。早く消えてほしい」と口を揃えて言っていた。

 

ちなみにぺっぺは入社して4年の社員だった。私が転職したブラック企業では、入社して四年も経つと長老扱いで、なぜなら、4年もいる人がめずらしいことによる。「ぺっぺ」は3年間追い続けた大きなクライアントを獲得する事になるのだが、その内訳をみてみると、全て原価割れ。動く金額は大きくても、赤字という意味の分からない営業をしていた。

 

とはいえ、すごいところもある。何時何時電話連絡しても、1コールないし2コール目で電話に出る。これは中々出来る事ではない。話に訊いたところ、深夜の2時、3時でも全くそれは変わらず、即座に電話に出て対応しているのだそうだ。一体いつ寝ているのだろうと疑問に思うが、これだけはかなわない。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】報告をする事で部下に責任を押し付ける「ぺっぺ」の存在

【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業でも仕事が全くできないにも関わらず創業者一族は異例の出世を遂げていた。

2015年01月14日

私が転職したブラック企業では意味の分からない昇格が行われていたということは前の記事で書いた通りだが、松堀の一件以外にも不可解な人事は行われていた。

 

それは営業二部の部長の事だ。営業二部はKが後に所属する部署になるが、K曰くこの二部の部長は全く使い物にならない部長だったと言う。どんなところで使い物にならないのかというと、まずマネジメントが全く出来ない。

 

私が転職したブラック企業ではマネジメントが出来る人間が皆無だと言う事は以前も話した通りだが、この二部の部長に至っては本当にマネジメントの「マ」の字も全く出来ず、部下を指導する事など夢のまた夢、逆に部下から指導されていた。

 

年齢は40前後だったと記憶しているが、本当に使えず、何度同じ事を話しても、まったく行動にうつさない。自分の事でいっぱいいっぱいなんだかよくわからないが、報告した事をよく忘れる。対策と証拠を残す為に何度もメールを入れておくも返事もせず、放置。また電話にも出ない。全く何処で何をしているのか意味不明の部長だったという。

 

ちなみに以前話した、Kがトラブルを起こした時に、クライアントと映画を観に行ったのがこの営業二部の部長だ。こんな部長でありながらスピード出世。入社して4年たらずで部長になったという。仕事もできないのになぜ4年で部長に・・・という話は愚問で、実は創業者一族の息子だった。だから仕事ができようが出来まいがスピード出世が可能と言う訳だ。

 

だが、部長とは名ばかりで、部下を指導や管理するのではなく部下から指導、管理されるという意味の分からない状態だった。

 

営業二部の部長はクライアントとただ話をするだけが仕事だと思っているようで、Kが同行をした際、一時間ほどくっちゃべって何も営業活動に繋がる事をせずかえってきたという。またクレームの際は、ただ、頭をたれるだけで謝りもせずただ突っ立っているだけだったという。

 

また、Kが高崎から引き継いだクライアントで長い付き合いのあるクライアントで、高崎の失態により取引停止に陥った時も取引を続けて頂く為に掛け合うのではなく、ただ、それなら仕方ないですねと言った調子で取引停止も当然のように対応していたようだった。

 

ここで話した事はほんの一部の話で、その他にも五万とあり上司として部長として、全く使い物ににならないとKは言っていた。この営業二部の部長を説明する上で、単なるボンボンという言い方が一番しっくり来ると思う。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業随一の指示出し曖昧、不明確な長老社畜社員「ぺっぺ」