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櫻井 海都

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【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業でも仕事が全くできないにも関わらず創業者一族は異例の出世を遂げていた。

2015年01月14日

私が転職したブラック企業では意味の分からない昇格が行われていたということは前の記事で書いた通りだが、松堀の一件以外にも不可解な人事は行われていた。

 

それは営業二部の部長の事だ。営業二部はKが後に所属する部署になるが、K曰くこの二部の部長は全く使い物にならない部長だったと言う。どんなところで使い物にならないのかというと、まずマネジメントが全く出来ない。

 

私が転職したブラック企業ではマネジメントが出来る人間が皆無だと言う事は以前も話した通りだが、この二部の部長に至っては本当にマネジメントの「マ」の字も全く出来ず、部下を指導する事など夢のまた夢、逆に部下から指導されていた。

 

年齢は40前後だったと記憶しているが、本当に使えず、何度同じ事を話しても、まったく行動にうつさない。自分の事でいっぱいいっぱいなんだかよくわからないが、報告した事をよく忘れる。対策と証拠を残す為に何度もメールを入れておくも返事もせず、放置。また電話にも出ない。全く何処で何をしているのか意味不明の部長だったという。

 

ちなみに以前話した、Kがトラブルを起こした時に、クライアントと映画を観に行ったのがこの営業二部の部長だ。こんな部長でありながらスピード出世。入社して4年たらずで部長になったという。仕事もできないのになぜ4年で部長に・・・という話は愚問で、実は創業者一族の息子だった。だから仕事ができようが出来まいがスピード出世が可能と言う訳だ。

 

だが、部長とは名ばかりで、部下を指導や管理するのではなく部下から指導、管理されるという意味の分からない状態だった。

 

営業二部の部長はクライアントとただ話をするだけが仕事だと思っているようで、Kが同行をした際、一時間ほどくっちゃべって何も営業活動に繋がる事をせずかえってきたという。またクレームの際は、ただ、頭をたれるだけで謝りもせずただ突っ立っているだけだったという。

 

また、Kが高崎から引き継いだクライアントで長い付き合いのあるクライアントで、高崎の失態により取引停止に陥った時も取引を続けて頂く為に掛け合うのではなく、ただ、それなら仕方ないですねと言った調子で取引停止も当然のように対応していたようだった。

 

ここで話した事はほんの一部の話で、その他にも五万とあり上司として部長として、全く使い物ににならないとKは言っていた。この営業二部の部長を説明する上で、単なるボンボンという言い方が一番しっくり来ると思う。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】私が転職したブラック企業随一の指示出し曖昧、不明確な長老社畜社員「ぺっぺ」

【ブラック企業体験談】ブラック企業で行われていた創業者一族による、不可解な人事。

2015年01月09日

私が転職したブラック企業では意味の分からない昇格が行われていたということは前の記事で書いた通りだが、松堀の一件以外にも不可解な人事は行われていた。

 

それは営業二部の部長の事だ。営業二部はKが後に所属する部署になるが、K曰くこの二部の部長は全く使い物にならない部長だったと言う。どんなところで使い物にならないのかというと、まずマネジメントが全く出来ない。

 

私が転職したブラック企業ではマネジメントが出来る人間が皆無だと言う事は以前も話した通りだが、この二部の部長に至っては本当にマネジメントの「マ」の字も全く出来ず、部下を指導する事など夢のまた夢、逆に部下から指導されていた。

 

年齢は40前後だったと記憶しているが、本当に使えず、何度同じ事を話しても、まったく行動にうつさない。自分の事でいっぱいいっぱいなんだかよくわからないが、報告した事をよく忘れる。対策と証拠を残す為に何度もメールを入れておくも返事もせず、放置。また電話にも出ない。全く何処で何をしているのか意味不明の部長だったという。

 

ちなみに以前話した、Kがトラブルを起こした時に、クライアントと映画を観に行ったのがこの営業二部の部長だ。こんな部長でありながらスピード出世。入社して4年たらずで部長になったという。仕事もできないのになぜ4年で部長に・・・という話は愚問で、実は創業者一族の息子だった。だから仕事ができようが出来まいがスピード出世が可能と言う訳だ。

 

だが、部長とは名ばかりで、部下を指導や管理するのではなく部下から指導、管理されるという意味の分からない状態だった。

 

営業二部の部長はクライアントとただ話をするだけが仕事だと思っているようで、Kが同行をした際、一時間ほどくっちゃべって何も営業活動に繋がる事をせずかえってきたという。またクレームの際は、ただ、頭をたれるだけで謝りもせずただ突っ立っているだけだったという。

 

また、Kが高崎から引き継いだクライアントで長い付き合いのあるクライアントで、高崎の失態により取引停止に陥った時も取引を続けて頂く為に掛け合うのではなく、ただ、それなら仕方ないですねと言った調子で取引停止も当然のように対応していたようだった。

 

個々で話した事はほんの一部の話で、その他にも五万とあり上司として部長として、全く使い物ににならないとKは言っていた。この営業二部の部長を説明する上で、単なるボンボンという言い方が一番しっくり来ると思う。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】ブラック企業ではしばしば意味の分からない昇格が行われていた。

【ブラック企業体験談】ブラック企業では、クラッシャー上司の機嫌で一日の仕事の流れが変わる。

2015年01月08日

それは私とKがある会社のイベントの準備をしていたとき唐突に訪れた。

 

私とKが会社のイベントの準備をしていると後ろから白髪の男が目を細くしにらんできた。「どけよ、お前ら邪魔なんだよ」それが第一声だった。私とKはわけもわからず、お互いに目をあわせ「すみません。今どきます」と、どちらが先かわからず返答をし道を開けた。

 

すると白髪の男は通りがてら私たちの目をギロッと睨み、「おまえらこんなところで何してんだよ。オレが通れないじゃないか。お客様もいらっしゃるんだぞ。一体何考えてんだ」と言葉を投げるように言った。

 

「すいません。言われた通りに準備をしていただけです」

 

とKが言うと、「お前ら準備遅すぎるんだよ、何とろとろしてんだよ。オレが通れなくて困ってるんだよ。すぐに準備しろ」と発破をかけた。

 

「いいか、すぐにしろ」

 

私たちは「はい」と返事をした。

 

「おい、はいじゃなくて、すぐにしろったらすぐにするんだよ。とろとろしてるんじゃない」

 

私たちが「はい」と返事をすると、間際にそのように言い放った。明らかに好戦的な目つきで睨みつけ、有無を言わさない圧力。私たちがそれまで抱いていた白髪の上司とはまた違った印象を持った。

 

一体なんなんだこの白髪のじいさんは。それが私とKの思いだった。年齢は50代前半。蛇のような顔つきをしておりだからスネークと呼ばれる。私たちのその時、この白髪のじいさんが営業一部の部長である事をまだ知らずにいた。

 

それからというもの、社員たちが、白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)を恐れている姿を何度もみかけることになる。社員たちは何故か白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)を非常に恐れており、ものすごい緊張感のもと白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)と接していた。

 

役職者たちが、俗にいう別部屋に連れて行かれ何度も叱責されている姿を目撃した。明らかにその日の気分により、八つ当たりとしか思えない叱責をしている姿を何度も見たし、機嫌が悪いと何の非もないのに、過去の事を掘り起こされ、皆の前で激しくしかられる社員を何人も目にした。いや・・・しかると言うよりは、自分の抱えるストレスを発散する為に、社員を選び、理不尽に縦横無尽に怒鳴り散らしていた。

 

白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)の特徴は、思いっきり声を荒げ怒鳴るのではなく静かにネチネチと嫌みったらしく怒るところにある。それでも迫力は十分で、パワハラおじさんのそれとは真逆で、パワハラおじさんは激しく大声で当たり散らすのに対し、白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)はネチネチと声を低くして、それでも皆にはきこえるような声で怒鳴る。

 

朝出勤し、白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)の本日の機嫌によって、その日一日は始まる。だから、朝出勤する時はいつもビクビクして出勤するはめとなり、白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)の家庭の状況により、部下への叱責具合が非常に変化していた。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】ブラック企業で行われていた創業者一族による、不可解な人事。

【ブラック企業体験談】ブラック企業のもう一人のクラッシャー上司、白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)

2015年01月07日

おそらく今回、はじめて記す事になるだろう白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)。かなり以前の段階でその存在は伝えたかと思うが、詳細について書き記すのは初めてだと思う。

 

なぜ、今まで書く事をしなかったのか、いやできなかったのかと言えば、私がブラック企業を退職するきっかけをつくったのはこの白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)の存在による。そしてこの白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)のことを伝えるには非常に難解で、どのように書いたら伝わるのかわからなかったからだ。それほど書くことで伝える事が難しいクラッシャー上司でもあるからだ。

 

私と白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)との出逢いはもともと、私が転職し暫くした時のことにさかのぼる。

 

当時私と、私の同期入社であるKは私たちが転職した会社がブラック企業かも知れないと、感じてはいたもののお互いにそれを伝える事もせず二人とも仕事に取り組んでいた。なぜお互いにそれを伝える事をしなかったのかと言えば、それは単純にまだ日が浅く、それほど深く話す事の出来る中でなかったこと、またまだお互いを信用する事が出来ていなかったこと、それに最大の理由はそれを認めたくないと言う思いもあったのだと思う。

 

だから二人とも懸命に、その思いをかき消すかのように、私たちが転職したブラック企業の良いところを無心になって必至に探していたように思う。

 

私はKより年下であったが、自分が転職に失敗しただなんて思いたくもないという変なプライドもあった。私が転職に失敗する訳はない、私は運が良い、なぜならこんな素晴らしい企業に入社する事が出来たのだからと必死に自分に言い聞かせていたように思う。

 

臭いものにフタをするとはよく言ったものだが、まさしくそれで私は必死に臭いものにフタをし、いいにおいだけを嗅ごうとしていた。それはKも同じだと思う。お互いに転職した会社のいい点を必死にみつけようとしていた。

 

だから社畜社員である諏訪をはじめ、社畜社員が懸命に働く姿を極力疑問を持つ事をせず、素直に、「みな会社のためにこんなに頑張っているんだ、私たちも頑張らねば」と心の片隅で思っていた。

 

私たちより先に入社した上司も一部を除いて、とてもいい人のように思え「これからここにいる仲間と会社を発展させていくぞ。とてもやりがいのある仕事に私は就いた。しかもこの不景気に会社の業績はうなぎ上り、その秘密は個々で働く社員にあるに違いない。そんな社員と共に働く事が出来るなんて、なんて幸せなんだ」と自分自身を納得させていた。

 

人間不思議なもので、必死にそう思いこもうとすると、ある程度の事までなら自分で自分を洗脳する事が出来るようになる。多少の事は水に流す事が出来るようになる。しかしそれも、ある程度の段階までで、その境界線を越えると、今まで疑問に感じていた事や、不満点などが一気に堤防を超え瓦解する。おそらく理性という感情で、必死に抑えているものが爆発するのだと思う。そうなってしまうと一気に形成は逆転。今度は不満ばかりがうつるようになる。そして一旦そのレベルまで達すると、感情を抑える事が出来ず後戻りができなくなってしまう。

 

どんなに必死にごまかしていても、やはり無理なのだ。感情に逆らう事は出来ない。

 

とにかく私と白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)は入社してしばらくして訪れた、ある会社のイベントの準備中に対峙する事になる。それまでも白髪のクラッシャー上司スネーク(へび)の存在は把握していたのだが、それがどんな人物で、どのような役割を担い、どのような立場の人であり、どんな役職についているのか・・・全ては謎に包まれていた。

 

つづきはこちらから【ブラック企業体験談】ブラック企業では、クラッシャー上司の機嫌で一日の仕事の流れが変わる。

【ブラック企業体験談】私の直属の上司である諏訪と、クラッシャー上司パワハラおじさんの関係。

2014年11月11日

諏訪とパワハラおじさんとの関係は、諏訪がブラック企業に転職した当時にさかのぼる。諏訪は家業を継ぐ為にブラック企業に入社し、期限付きでブラック企業で仕事をするという非常に特異なケースでブラック企業に入社した。

 

諏訪がブラック企業に入社した当時、パワハラおじさんが営業部を取り仕切っており、そこで諏訪とパワハラおじさんとの接点が生まれた。また、偶然にも当時、諏訪の直属の上司としてついたのが、パワハラおじさんだったようでそれがこの複雑な関係の全てのはじまりだったようだ。つまり、パワハラおじさんのクライアントの多くを諏訪が引き継ぐことになった。

 

家業を継ぐ、といっても入社当時、諏訪はそこまで業界を熟知していた訳ではなく当たり障りのない程度に業界のことを知っている程度だったと言う。そこで、パワハラおじさんは諏訪に、業界について、仕事の取り方、クライアントとの関係のつくり方、今後諏訪が家業を継ぐにあたっての営業としてのイロハなどを叩き込んだ。

 

しかし、それだけでは関係性は薄い。諏訪とパワハラおじさんとの関係を強くしたのは、東日本大震災の時だった。震災で自社倉庫内の商品のほとんどが破損し、商品としての価値をなくした。パワハラおじさんと諏訪は夜遅くまで残り、倉庫内での検品処理にあけくれたそうだ。

 

パワハラおじさんは、当時既に業界全体について熟知しており、当時もキレ者、つまり仕事ができる男ではあったのだが、自分が取り組む仕事への価値を感じることが出来ず様々な面で迷いが生じていた。選択肢のひとつにブラック企業を退社するということもあったようだ。

しかし、諏訪の働きぶりをみて、「どうしてこいつは、こんなにも熱心に働くのだろう・・・そこまでこの仕事に魅力を感じるのはどうしてなのだろう」そう思ったそうだ。

 

そこでパワハラおじさんはどうしてもその秘密を知りたくなり、都内から遠く離れた諏訪の実家まで、諏訪の家業を見学しにいったそうだ。パワハラおじさん曰く、それは悲惨なものだったらしい。「本気でこいつは実家を立て直そうと思っている」パワハラおじさんはそのように感じ、諏訪に対して一目置く存在になったようだ。

 

諏訪は諏訪でそこまでしてくれたパワハラおじさんのことを気に入り、パワハラおじさんの教えることを熱心に訊き仕事を学んでいった。いつしかそれは、パワハラおじさんとの大きな絆となったようだ。

 

パワハラおじさんはこいつになら・・・とある決意をする。それはパワハラおじさんが抱えているあるクライアントを諏訪に引き継ぐというものだった。

 

 

つづきはこちら【ブラック企業体験談】クラッシャー上司パワハラおじさんの秘密。