【続・ブラック企業体験談】気まぐれなクラッシャー上司と私が所属するブラック企業での評価基準について
私が現在ブラリーマン(ブラック企業で働くサラリーマン)として勤めているブラック会社では、成果をあげることがほぼ不可能な体勢にある。
なぜそう言いきれるのかと言えば、何もかも全てを全て把握したがるクラッシャー上司の存在があるからだ。逐一細かいところまで報告しなればならない。さらに把握したがるだけでは済まない。なにもかも自分で全てやりたがる。
そんな性格だからもちろん他の人の仕事をとりまくる。しかもとるだけではなく、荒らして、荒らして、荒らされたあげく仕事を戻すという、非常にやっかいな存在。
さらに、例えばAさんにきけばわかることを、いちいちクラッシャー上司を通して確認しなければならない。非常に非効率この上ない。さらにクラッシャー上司は仕事に追われいつもイライラしており、ろくにコミュニケーションもとれない状態にあるものだから最悪だ。
さらに、八つ当たりは日常茶飯事だし、指示は適当で、自分の都合で矢継ぎ早に仕事を振り、いつもすぐに取りかからなくてはならず、どんなに忙しくても、その度に自分の仕事をストップさせねばならない・・・
何度キレそうになったことか。そういうこともあり、ひとつの仕事を進めるのに1分で終わるところを最低3時間はかかる。
すべて思いつきで話してくるので二転三転することは日常茶飯事の出来事で、だから、その度にこっちは対応しなくてはならず、後もう少しで仕事が片付く・・・と思っていると、それをきまぐれでゼロに戻されることもしばしば・・・。
論理や弁舌の面では優秀でも人格や情緒の面では未成熟であるため、部下の気持ちを傷付けたり凹ませても全く気が付かず、そこが自分自身の最大の問題点であることなど想像することができない。部下に対する自分の指示や説教内容の完璧さに自ら酔いしれている雰囲気を見せることもある。そして部下の仕事が自分の思うように進まないと、完膚なきまでに否定したり、キレて怒鳴りつけたりすることもある。
と、Wikipediaのクラッシャー上司の欄に書かれてあるのだけれども、まさしくその通り。全てが自己都合だし現場はいつも大混乱。
だから私は会社で成果を上げることは諦めています。というかうちの会社での評価は、如何にクラッシャー上司の助手として活躍できるかどうか。しかも一般的な助手という枠組みではなくて、クラッシャー上司のわがままを聞き叶えてあげるというポジション。
クラッシャー上司の理不尽なわがままを叶えてあげることがうちの会社の評価に繋がるという面白い組織。まあ、これも経験だしな・・・と今は様々なことを考慮した上で・・・と割り切って仕事をしている。
私が在籍しているのは、そんなブラック企業です。まあほぼ定時に帰れているからそう言う意味では楽かな。
【続・ブラック企業体験談】ブラック企業に出社後30分の私のタイムスケジュール。
最悪やめれば良いわけで、辞めても食ってけるし、その安心感はやっぱり心の安定につながっています。
【続・ブラック企業体験談】二子玉川ライズショッピングセンター・テラスマーケットに行ってきました。
4月24日についに二子玉川ライズ S.C. テラスマーケットがグランドオープンする。
なんでこんなことを書くのかというと、実は今でも某ブラック企業に勤める私(先にあげたブラック企業を退職し転職したのだが、その転職先もブラック企業だった)。詳しく書くとバレてしまうので詳細については記述することができないけれども、仕事で、とある関係者のところにお邪魔してきました。
明日のグランドオープン日も二子玉川ライズに行く予定があるので、写真は明日以降アップする予定ですが(写真を撮るのを忘れてきた)二子玉川も、なんとも、落ち着いた雰囲気のとても居心地の良い場所になったものだなと思う。
それにしても二子玉川もここ数年でガラッと変わった。ここ数年で本当に街の印象が変わったと感じる。今から十年以上前だったか、私が二十歳前後の頃に二子玉川の駅を降りて友達十数人でバーベキューをしたことがあるのだけれども、その頃の面影が全くない。
あれは夏の日だったのだけれども、二子玉川駅周辺の公園で、ロケット花火でよく戦争したことも今となってはいい思い出・・・(遊びでも、絶対にやっちゃダメ。あれマジで危険ですから。だって遠くから飛ばしたロケット花火が缶にあたると、いともたやすく缶に穴があくもん)
それにしても、十年も経てば町並みが変わることは、当たり前のことかもしれませんが、ここまで急激に変化したことに対し少し戸惑いを隠せません。
結局何が書きたいのか、何を伝えたいのかわからなくなったけれども、いまだにブラック企業で修行中の身である私。辞めるのは本当に簡単だけれども、今回はちょっとだけ長く付き合っても良いかなと思っています。
まあ日々ムカつくことは山積みだけれども、今回のブラック企業はいくらかまし。前回のブラック企業体験記で書いたような24時間365日勤務体勢でもないし、就業時間が終われば基本的にプライベートな時間になる。
現在のブラック企業での一日のスケジュールなどは、後で詳しく書くことにするけれども、基本的に拘束時間中はブラック企業特有の理不尽すぎるパワハラに耐えていればなんとかなる。
それだけで、たくさんお金がもらえるのだからそれほど嬉しいことはない。まあ、いざとなったらいつでも辞める覚悟は付いているし、サラリーマン人生最後の場所としては適当な場所なんじゃないかなと言い聞かせることで現在落ち着いている。(ちなみに私は30代です笑)
ブラック企業に勤めることで唯一と言っていいほど良いことは話しのネタになるってこと。だってブラック企業に勤めていなかったらこんな話しなんか出来ないしね。
それはもう、もう毎日がネタの連続ですよ。理不尽なことなんてそれこそ毎日勃発してるし、中で働く人は必死だけれども第三者の目で俯瞰してみたらコントのような光景なんじゃないかなと思う。
それにしても、自分の思い通りにならないと、瞬間湯沸かし器のようにすぐにキレる上司を持つと本当に苦労するよ。今回のブラック企業のクラッシャー上司は、前回のと比べて実に厄介だ。さてさて、どうやってこのクラッシャー上司を攻略しようかね。前回のようなヘマは絶対におかさない。
これからもオンタイムでブラック企業での出来事に付いてここに書いていくつもり。
【ブラック企業体験談】ブラック企業を退職。
私のブラック企業体験記はこれをもって終幕を迎えることとなる。
私がこの体験で学んだことは、ごくごくあたりまえのことだ。ブラック企業では、決してクラッシャー上司と戦ってはならない。そして敵に回してはならない。
もしあなたがブラック企業を改革しようと考えているのならそれは愚かなことである。そして、もしも、ブラック企業をホワイトな企業に変えてやると意気込んでいるのならばそれは絶対にやめた方が良い。それをよく思わないものから激しいバッシングにあい、その企業で生きていくことが出来なくなる。
人にはいろいろな事情がある。ブラック企業であろうと、働かなくてはならないもの、生活の為に仕方なく働かなくてはならないもの。人の数だけそこがブラック企業であろうとも、そこで働かなくてはならない事情がある。
もちろんどの企業も多かれ少なかれブラックの要素を抱えていると思う。もしあなたが私が転職したようなブラックすぎるブラック企業に出逢ったのならば、間違ってそこに入社してしまったのなら、いち早く退職することを願い出るべきだ。
こちらから何かを働きかけてはならない。ましてや、そこに骨を埋めてはならない。
これからも記憶にある限り、外伝的な要素は書き続けるかも知れないが、時間と共にブラック企業の記憶は私の中で薄れていっている。そういうこともあり、一応はこれにて私のブラック企業体験談は終わりとさせて頂く。
これからは、ブラック企業に対抗する為に私が身につけた手段について描くことに注力していこうと思う。それは、ブラック企業に関わること無く生きていく為の智慧であり、それはつまり、自力で稼ぐ方法を身につけるということを意味する。
【ブラック企業体験談】クラッシャー上司によりもたらされた私への罰、それに退職願。
「オレを怒らせた罰だ」これからの出来事は、まさしく、クラッシャー上司からそのように宣告されたようなものだった。
なんと私に突然の異動が告げられたのだ。
それも今までとは、全く畑違いの部署。そこはブラック企業で墓場と言われるような部署だった。要するに私は墓場へと左遷された。そして、その決定は覆すことができないというものだった。
私はついにやられたと思った。クラッシャー上司は、機会を狙っており、私を精神的、肉体的に追い込むことで私を左遷させる理由と機会を伺っていたのだ。
クラッシャー上司の方が何枚も上手だった。私は束の間の勝利に喜び、これからは私たちの手によってブラック企業をホワイトな企業に変えて行くことが出来る・・・私は思い上がり慢心していた。そんな傲慢な私の思惑とおろかな夢は、ついには閉ざされることとなった。
営業部に戻れる確立はほぼゼロ。私は会社の隅に追いやられ、一人黙々と作業をするしかなくなる。
これからのことを思うとついに私は耐えることが出来なくなった。そしてそこまですることの価値があるのか・・・そう考えた時に、ぷつんと糸が切れた。
そう、私はそのとき、退職願を突き出していた。